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JGI-Japanニュースレターって?

JGI-Japanでは,会員の皆様に年に3・4回ニュースレターをお届けしています。

ジェーン・グドール博士や講演会に関する最新のお知らせや,楽しいコラムなど,各種情報がもりだくさん。2004年度からは,彩りあざやかなフルカラー刷りになり,ますますパワー・アップしました。

過去に発行したニュースレター記事のほんの一部を,サンプルとして下記にご紹介させていただきます。ご一読そしてご購読いただければ幸いです。

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JGI-Japan設立によせて[創刊号・2001年11月発行]

日本でもJGIの活動が芽吹き始めたことを,とてもうれしく思います。

振り返ってみると,1991年2月19日に,ダル・エス・サラームの私の家で,16人のタンザニアの若者たちと一緒に話し合いをしたのが,ルーツ&シューツの始まりでした。

チンパンジーが,どれだけ私たち人間に近い存在であるかということや,動物には人格,知性,感情があること,そして私達の傲慢さや残酷さが,いかに世界に影響を及ぼしているか,ということなどを語り合いました。話し合いの終わりに,動物達,人間にとってもっと快適でよりよい世界にするために行動を起こしてはどうかと提案してみました。

その時集まっていた若者たちは,それぞれの学校で協力してくれる仲間を募りました。グループの数は増えはじめ,日本政府の寄付や様々なボランティアの人々の協力で,とうとう本格的に活動が開始されることとなりました。

初めはほとんどの人がルーツ&シュ−ツの目的を理解してくれませんでした。そのアイデア自体が漠然としすぎていると指摘する人も多くいました。

しかし,ひとにぎりの各国の教育者たちが,ルーツ&シュ−ツを実際に始め,,私自身も講演に行く先々でルーツ&シュ−ツの目的をはっきり説明して回ったことで,少しずつ状況が変わってきたのです。

今では世界67カ国に幼稚園から大学レベルまで,3,000以上のグループが出来ました。刑務所や老人ホーム,そしてそれぞれの地域社会で活動が繰り広げられています。何千もの木が植えられ,山のようなゴミが回収され,たくさんの動物達が助けられました。

ルーツ&シュ−ツのテーマは,知識と理解,我慢強さと努力,そして愛と思いやりです。

私達1人1人が大切で果たすべき役割があります。
私達1人1人が世界を変える事が出来るのです。
日本でもたくさんの希望の新芽(シュ−ツ)が芽吹きますように。

ジェーン・グドール





JGI-J設立,この日の到来を心から祝福したいと思います。

1986年11月,シカゴ科学院のシンポジウム「チンパンジーを理解する」で,初めてグドールさんにお会いしました。「野生チンパンジーの世界」という記念碑的労作の出版を祝う集いでした。

これは,彼女にとって人生の転回点になりました。研究の第一線から退いて,野生保全,動物福祉,そして環境教育に向けた取り組みを始めたのです。

この10年間,毎年,グドールさんは来日しました。そこで蒔かれた種がようやく芽を出そうとしています。

グドールさんは言います。「わたしたち一人一人がこの世界を変えられる」。そして自分の「夢を追い続けなさい」。

こうした言葉の深さを,そして「ジェーン・グドール」という類まれな人格を,一人でも多くの方に知っていただきたいと思います。

松沢哲郎(京都大学霊長類研究所 教授)   

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サヴァンナ・ウッドランドのチンパンジー 伊谷 原一[2003年4月15日発行]

チンパンジーPan troglodytesはアフリカ大陸の赤道に沿って東から西に広く分布しており,その生息環境は湿潤な熱帯林から乾燥して開けた地域までさまざまである。

タンザニア西部のタンガニイカ湖東岸に位置するウガラ(Ugalla)地域は,チンパンジー生息地の中では最も乾燥した地域の一つで,チンパンジー分布域の東限にあたる。

ウガラの気候は5月から10月の長い乾季によって特徴づけられ,とくに6-9月の間はほとんど雨が降らない。もともとここはトングウェという部族のテリトリーで,彼らは散在する小集落に分散して生活していた。

しかし,1967年に導入されたウジャマー政策により集村化を強いられ,不毛な原野には野獣やツエツエバエだけが残された。

私はウガラ地域でサヴァンナ性チンパンジーを追いかけている。サヴァンナといっても一般にイメージされる草原地帯ではなく,マメ科のミオンボ林の中に常緑の川辺林や草地がパッチ状に点在する疎開林帯である。

ウガラにおけるチンパンジーの調査は1960年代に開始されたが,その過酷な環境とチンパンジー生息密度の低さなどから継続されなかった。1994年に私たちがウガラでの調査を再開し,今回は私にとって7回目の調査となる。

2002年12月16日,私はタンザニア最大の都市ダル・エス・サラームを愛車のランドクルーザーで出発した。

調査には関西テレビの取材クルーが同行したため,取材用のランドクルーザーがもう一台後に続いた。インド洋に接するダル・エス・サラームから西部のウガラまでは約1800kmの行程である。

車の調子があまり良くなく,途中の町で何度かガレージに入るハメになった。また,雨季のオフ・ロードは最悪でなかなか距離をかせぐことができず,ウガラ盆地のフィールドの一つであるングェに到達するまでに6日間を要した。

過去にも何度かキャンプをしたことのあるングェ河畔にベース・キャンプを張った。乾季には完全に干上がってしまうングェ川も,雨季のこの時期は濁流と化していた。

12月22日朝,ングェ川の支流であるシセンシ谷を目指す。チンパンジーは谷の急斜面や大地の断崖などに発達するカバンバと呼ばれる常緑林を好む。

乾季には落葉して日本の冬枯れのようになってしまう疎開林も,雨季には木々が葉をつけ,下生えのイネ科草本も青々としている。その中を歩くと夜露や雨で濡れた葉や草でズボンもシャツもずぶ濡れになる。

キャンプを出て1時間ほど歩いたところで,樹上に新しいチンパンジーのベッドを発見した。おそらく昨夜のものだろう。

次の瞬間,かすかに枝の揺れる音とともに,全身が硬直するようなけはいを感じた。

チンパンジーだ!前方30mのところにあるモバという木の樹上にその姿をとらえた。全部で4個体。若いオスとメスが一頭ずつ,それにアカンボウを腹に抱えたオトナのメス2頭である。

私たちに気づいたチンパンジーはあっという間に木を下り,地上の下生えに姿を消した。時間にして数秒のことであった。

果たしてカメラマンは彼らの映像をしっかりとらえていた。記念すべきサヴァンナ・チンパンジー世界初撮影である。

このあと私たちは新年をキャンプで迎え,2003年1月2日までングェに滞在した。

その間チンパンジーとは全部で8回遭遇し,カメラマンはチンパンジーの姿を3シーン手に入れた。しかし,それらはいずれもほんの数秒間のものである。

通常,私たちがテレビで見る野生チンパンジーの映像は,そのほとんどが国立公園で撮影されたものである。同じ野生とはいえ,人慣れしている国立公園のチンパンジーと違い,ウガラの連中は非常に警戒心が強い。

それゆえに簡単には彼らの全貌をさらしてはくれないのである。あるいは,人間の本当の恐ろしさを知っているのかもしれない。

近年,ウガラでは木材を目的にした伐採や野生動物の密猟が盛んに行われている。また,集落から原野に戻ってあらたに農耕をはじめる人も増えつつある。トウモロコシやキャッサバだけではなく,以前は見られなかった水田までもが出現しはじめた。活発な人間活動によって,近い将来サヴァンナ・チンパンジーの生態は大きく変容してしまうのかもしれない。

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